キラメキクラベ(小説)

ゲームセンターにまつわる創作短編集第二弾「Home.++」収録の小説です。インターネットとSNSと女と音ゲー、友情とライバルと負けたくない想い。サンプルページですがこちらのお話は全文公開しています。

 

***

 

<突然ですが、転勤で来月大阪に引っ越すことになりました。関西勢の皆さん、よかったら遊んでやって下さい。 --よーたろー>

<to:よーたろーさん 大阪マジ!? ようこそ! 引っ越しが落ち着いたら店内対戦よろしくお願いします。 --みらんだ>

<to:みらんださん 大阪マジ! みらんださんと遂に直接対決か……。お手柔らかにお願いします。あとオススメの店連れてって  --よーたろー>

 


 それにしても便利な世の中だ。インターネットを介することで、遠く離れた場所に住む人とも簡単にやりとりが出来るし、同じ趣味を持つ人同士が出会うことも容易い。私は一人暮らしだけど、SNSを開けばいつでも親しい人がすぐそばに居るような気持ちになれるから、寂しいと思ったことは無い。

 SNSでは、何かしらの共通点を持つ人同士が集まり、繋がりやすい傾向がある。私が交流しているのは主に「キーボニクス:ゼロ」というアーケード音楽ゲームのファン達で、日々腕前を競い合ったり、好きな曲についての談義に花を咲かせている。

 「みらんだ」は、インターネット上での私の名前。「よーたろー」さんはSNSで知り合って親しくなった、友人のような、ライバルのような関係の人だ。

 親しいと言っても、私はよーたろーさんと直接会ったことは無い。私が住んでいるのは大阪、よーたろーさんが住んでいるのは東京で、気軽に会いに行ける距離とは言い難い。それでも「キーボニクス:ゼロ」という共通の趣味の他にも年齢が近いことや同じく社会人の一人暮らしであること、好きな映画のジャンルが似ていることなど、二人の間には共通点が多い。SNS上という距離感だからこそ、ほかの友達とは違う心地良さも感じていた。

 


「お手柔らかに……って、実際のところ、もう私じゃ全然よーたろーさんには勝てないと思うけどね」

 


 よーたろーさんと知り合ったばかりの頃は、私の方が「キーボニクス:ゼロ」のプレー歴が長いこともあり、腕前的にはよーたろーさんは私の一歩後ろだろうか、という印象だった。ところがよーたろーさんは短期間でみるみるうちに成長し、気がつけば追いつかれ、今となってはよーたろーさんの方が一歩抜きん出ているという状況だ。最も、私とよーたろーさんは得意な楽曲の傾向が正反対で、モノによっては私の方が圧倒的なスコアを記録している場合もある。それでも総合的に見て「よーたろーさんの方が上手い」というのはもはや明らかだ。

 音楽ゲームは、人によって得意不得意の差が大きく出るし、成長速度だって他人と比べるものではない。自分との戦い、或いは「ゲームと自分」との戦いであり、他人と競うばかりがこのゲームの楽しみ方であるとは限らない。それでも、よーたろーさんやほかのプレイヤー達がめきめき上達する様子をSNSで見ていると、悔しいと思う気持ちも確かにあった。

 いつも自分に言い聞かせている。私は、それほど器用じゃない。楽しむことが一番なのだから、焦ることは無い。音楽ゲームはどうしても身体を動かすものだから、男性プレイヤーの方が体格的に有利なんだし。それに私にはお料理とか読書とか、他にも時間を使いたいことがたくさんあるし……。気がつけば最後はいつも惨めたらしい言い訳だらけになってしまう、それが一番いやだった。

 もちろん、そんな悔しい思いや惨めな気持ちがよぎることがあっても私は「キーボニクス:ゼロ」のことが大好きだし、いつも親しくしてくれているキーボニクス:ゼロ仲間のよーたろーさんが近くに越してくるというのは非常に嬉しい出来事だ。同じゲームを好む者同士、もしかしたら偶然に同じゲームセンターに足を運ぶことも今後はあるかもしれない。

 よーたろーさんって、どんな人なんだろう。趣味の話で盛り上がることはあれど、考えてみれば彼はあまり自分自身のことを語らない人だ。

 


「……すっごいイケメンとかだったら、『ゲームも上手いのに顔も良いとかずるすぎてありえん!』ってキレちゃうかもしれないな……」

 


 そんなことを考えながら、「インターネット上の人物と現実で対面する」というドキドキとワクワクに、少し心が踊っていた。

 


***

 


 よーたろーさんと対面する機会は、思いの外早く訪れた。

 よーたろーさんが「引越し完了。こんにちは大阪」とSNS上で報告してからまもなく、「キーボニクス:ゼロ」のイベントが始まった。ゲームをプレーするとポイントが貯まり、一定数に達すると新曲が遊べるようになるというもので、店内での「対戦プレーモード」を選択することによってそのポイントにボーナスが付与される。要するに「友達と一緒に遊んだ方が新曲が早く解禁されるよ!この機会に友達を誘おう!」といったコンセプトのイベントだ。

 対戦プレーモードはあくまでもボーナスが付くだけで、強制ではない。元々私たちのようなヘビーユーザーは普段からプレー回数が多いので、正直ボーナスがあるかないかなどというのは微々たる差だ。それでも、このイベントは私たちがゲームセンターに集まる口実にするにはあまりにも都合の良いものだった。あっという間に「では今週末、ランチの後に一緒に解禁作業をしましょうか」と話がまとまり、いよいよもって私とよーたろーさんは本当に対面することになったのである。

 よーたろーさんはまだ越してきたばかりなので土地勘が無いということもあり、駅で待ち合わせをしてから私のオススメの店で昼食を取ることになった。

 待ち合わせの時刻の十分前。一体どんな人が来るのだろう。SNS上ではとても話が合うし人柄も良さそうだけど、実際は全然違ったらどうしよう。様々な想いを巡らせていると、「あの……、みらんださん、ですよね?」と声をかけられた。

 振り向いたその先には、スラリと細い体躯、黒髪のショートヘアーと切れ長の瞳が端正な……美人のおねーさん。

 


「え? あ、はい」

 


 呆気に取られた私がそう返すと、おねーさんはその綺麗な顔をくしゃっと丸めて満面の笑顔になった。

 


「あぁっ! 本物だ! 実在のみらんださんだ! あ、私、よーたろーです。いつもインターネットでお世話になってます。あぁ、みらんださんめちゃくちゃ可愛い! 小さい! どうしよう…! あっすみません、一人でテンション上がっちゃって」

 


「……。よーたろーさん……!? 本物……! って、え、あの、すみません。よーたろーさんって女性だったの……!? 私てっきり……」

 


「あ、やっぱり男だと思ってました!? 『たろー』ですもんね。隠してるわけじゃないんですけど、女だって公言してるわけでもないから、けっこう勘違いされることも多くて」

 


 確かに、よーたろーさんは自ら性別の話をすることは無かった。私も「たろー」というハンドルネームとSNS上の文体で、勝手に男性だと思い込んでいた。それになにより、「キーボニクス:ゼロ」のユーザーは圧倒的に男性が多い。女性プレイヤーで私やよーたろーさんのようなやりこみプレーをしている人間は希少なのだ。

 


「いえいえ、私が勝手に男性だと思い込んでたから……! 失礼しました。改めて、みらんだです。よーたろーさん、会えて嬉しい!」

 


「私も! みらんださんにやっと会えて本当に嬉しい。早速だけど、お腹すいちゃった。今日はみらんださんがオススメのお店に連れて行ってくれるってことでいいんですよね?」

 


「もちろん!」

 


 初めはびっくりしたけど、人当たりの良い笑顔に少しマイペースなところ。すぐにこの人が「よーたろーさん」だと理解出来た。それにしても……。

 


「……、よーたろーさん、ゲーム上手いのに顔も良いとか、ずるすぎてありえん!」

 


「えっ、えぇ……?」

 


***

 


 よーたろーさんとは話したいことが本当にたくさんあった。それは向こうも同じだったようで、ランチを食べ終えたあとも、積もる話は尽きなかった。「もう食べ終わっているのにいつまで喋っているのだろう」とでも言いたげな店員の視線も、今日は無視してしまった。初めて会ったとは思えないほど二人の時間は楽しかった。最も、普段からSNS上ではやり取りを交わしているわけだから「初めて」というのは少し語弊があるのかもしれない。

 ゲームの話の他にも、仕事のこと、ほかのオススメのランチのお店のこと、映画のこと、いろいろな話をした。私たちには本当に共通点が多くて、まるで十何年来の友人同士のように話が弾んだ。

 よーたろーさんのことをずっと男性だと思っていたこと、「キーボニクス:ゼロ」の腕前を抜かされた時も性別による体格差があるからと自分に言い訳していたことも話した。よーたろーさんはそれを聞いて「でもみらんださんの方がパワー型の曲は得意でしょう。私もみらんださんってスポーツ経験あるって言ってたしきっとマッチョな方なんだ!って自分に言い聞かせてたよ」と言って笑っていた。ちなみにスポーツ経験というのは高校生の頃の部活動のテニスの話で、それほど大それたものではない。

 嬉しかった。よーたろーさんも本当に真剣に「キーボニクス:ゼロ」に向き合っていること、私と同じように悩んでいたこと、私と同じ女性でもよーたろーさんのように上達することができるのだと、正によーたろーさん自身が証明し続けていること。これからは気軽に二人でランチをしたり、ゲームセンターに行けること。よーたろーさんは早くも「次は梅田駅周辺のお店を教えて欲しいな…」と次の予定の目星をつけている。きっとまた会いたいと思っているのは、私だけの想いではないということなのだろう。

 


 「……って、もうこんな時間。そろそろ行こうか。今から解禁したら、二人プレーと言えど夜までかかるかも」

 


「お、夜までガチバトルコースかな? その後一緒にご飯食べたいな〜」

 


「良いね! それ、最高」

 


 話題はすっかり「キーボニクス:ゼロ」のことへと移った。よーたろーさんが最近クリアしていた高難易度楽曲の話や、逆によーたろーさんが未プレイの昔の曲の話。ボタンの押し方のクセの話。最近まで私が勝っていたのに、よーたろーさんがものすごく粘ってスコアを更新して抜かれてしまった曲の話。

 店を出てゲームセンターへ向かう途中もお喋りを続けながら、私の中にはさっきまでの「嬉しい」とはまた違う気持ちが芽生え始めていた。

 負けたくない。

 こんなにも似ている私たちだからこそ、改めて仲良くなれたからこそ、やっぱり負けたくない。

 下らない言い訳を心の中でしてしまうのも、悔しくて、負けたくないから。仕方がないなんて、納得できないから。

 こんなにも真剣に「キーボニクス:ゼロ」の話で盛り上がれる友達が出来たから。

 負けたく、ない。

 


「私、よーたろーさんに、負けたくない……」

 


 思わず声に出していた。あまりにも真剣な声色で、自分で驚いた。

 


「みらんださん。私も、負けたくないよ。みらんださんと知り合ってからずっと、みらんださんに追いついてやる! って思ってやってたから。みらんださんはずっと私の目標だった。今もそう。

 私も、みらんださんに、負けない」

 


 よーたろーさんは笑っていた。その笑顔が眩しくて可愛くて、やっぱり悔しかった。

 


「……よし。それじゃあまずは、これからパワー型楽曲十連発ガチンコ勝負といきますか」

 


「ええーっ! それはダメ! じゃあ私もテクニック楽曲指定しまくります」

 


「それもダメ!」

 


 喋っているうちに、目的のゲームセンターの目の前に着いていた。「わあ、ここがみらんださんのホーム……! おじゃまします!」とよーたろーさんが言う。

 二人で、顔を見合わせて笑い合った。