私たちはきっと、美しいものを見るために旅をする 「ノマドランド」感想

ノマドランド」舞台はアメリカ、家を持たずに旅をしながら暮らす車上生活者(ノマド)の生活を描く映画です。物語は、かつて住んでいた町と家も夫も喪いノマドとして生きることを選んだ女性「ファーン」を通して描かれます。

 有り体な言葉ではあるけど、まさに「生きるとは旅そのもの」であることを、圧倒的なスケールの大きさと美しさ、少しのさびしさと厳しさ、そして温かさで描いた人生賛歌ともいえる作品です。日々のしがらみから気持ちが解き放たれるような心にすっと染み入る映画で、魂が浄化されるような心地がしました…。

 
ノマドランド」で描かれるノマドたちの多くは高齢者で、決してその暮らしは楽なものではありません。彼らは家を持たない旅人ですが、それでも生きていくために当たり前にお金は必要なので、仕事をします。その仕事だって見つけるのはいつも難しい。常に貧困がつきまとあ、時には寒さに凍えたり、病に倒れることだってある。
だけど彼らは自由で、人と人同士は温かく繋がっている。物資や食べ物を分け合い、共に歌をうたい、焚き火を囲んで話をする。「さよなら」ではなく、「またいつか」と言い合って旅に出る。そうして本当にまた巡り会う。世界中の美しいものを見るために、生きている。
それはノマドであろうと我々屋根の下で暮らす者だろうとなんの違いもない、「生きる」という営みの本質ではないでしょうか。日々の忙しなさに追われるうちに私たちが見失ってしまう「生きるとは、なんなのか」を、ただただシンプルに、だけどひたむきに描いているように感じました。
 
また、「旅をすることの自由さ」と「労働」、必死に生きている「人間」と「自然」、「ノマド」と「屋根の下で暮らす人」など…随所に散りばめられた対比が、物語により深みを与えます。一見対極の関係であるようにみえるそれらは、だけど実際は表裏一体で繋がっているのです。
 
映像や言葉もとにかく美しく、アメリカの広大な自然の風景はスクリーンで見ることでより一層ダイナミックに感じられます。そして、その自然の美しさを語る人々の言葉の瑞々しさ。私は特に、作中でファーンと友情を深めることになる登場人物、スワンキーがかつて見たというたくさんのツバメたちが飛び立つ景色を語ったシーンに心を打たれました。シンプルで飾らない言葉で語られるその景色が私の目の前にもありありと浮かぶようで…人々から語られる言葉もまた、旅なのです。
 
主人公として描かれるファーンがこれまた非常に魅力的でチャーミングなのも素敵でした。日雇い労働で糊口をしのいで暮らすような生活ですが、彼女は旅を、労働を、生きることを確かに楽しんでいるし、そんな魅力的な彼女には自然と人望が集まり、人と人とのあたたかい繋がりをとても大切にしていました。この映画の登場人物たちは本当に優しく、あたたかな人ばかりで、こんな風に優しさに満ちたつながりはもう本当はこの現実のどこにもなくて、こうして映画や物語の中にしか残されていないのではないか…そう思ってしまうほどでした。だけれど出来ることなら、こんな風に人々と優しく交わっていたい。そう祈らずにはいられない。善い人になりたい、と嫌味なく感じさせるのです。
 
私たちは屋根の下で暮らしているけど、きっとみんな、大きな旅の中にある。なんのために旅をするのか、そっと心に問いかけてくる素敵な作品です。
少し心に疲れを感じているような方は、ぜひ足を運んでみてください。大スクリーンで広大な自然の映像を見るだけでも、とても癒されると思いますよ。
 
ではまた〜。